医学部指向について、やや反省文

 日ごろ有用な情報をいただいている以下のサイトのコメント欄でいろいろ医学部指向の批判をしてしまいました。表現はともかく書いてあることは私の主張そのものです。ただ、他人のコメント欄であの分量を書いてしまったのは、ちょっと失礼だったような気もします。

 だったら、著作権は私にあるので、転載してもいいのですが、冷静になるとわざわざ書く気にもなれません。この件については、どちらの価値観が間違っているわけでなく、価値観の前提が違うので平行線という感じです。
 私がなぜ医学部指向を批判しているかというと、「医学部」「歯学部」「獣医学部」「薬学部」の4つの学部は、独占排他資格だからです。これらは、本来、専門学校として提供すべきものが、大学の学部に宿借りをしているものです。大学教育とは広く教養を身に付けて、その中から自分の専門性を見つけて、子供から社会人へと脱皮していく期間ですが、上記4学部だけは、その過程を無視して、排他的な姿勢を取っています。18歳の子供が、自分に医学の適性があるかどうか判断できるでしょうか?親主導で押し込まれる割合が他の学部より多くなります。だからこそ、私は「医学部を卒業しても医者を続ける必要ないよ」と言っているのです。本当の税金の無駄遣いとは、医学部を卒業しながら医者を続けないことでなく、専門学校に過ぎない「臨床医育成学校」を大学の医学部に忍び込ませて排他的な利権を独占していることです。本来「臨床医育成学校」は大学から独立させて、広く社会人に門戸を開くべきです。(深く議論しだすと、人命を扱う職業なんだから、育成に時間と金が掛かり、排他的になるのは仕方ないなどの反論が出てくるのは、重々承知なので、結局は平行線かなと思います。)

 さて、このブログは進学校がテーマなので、そちらに観点に話を戻しますと、進学校の保護者において、「難関大学指向派」と「医学部指向派」が対立するのは良くあることです。順調に伸びてきた進学校が不振に陥るときは、かなりの割合で、学校側が両者の股裂きにあって、カリキュラムが崩壊したときに起きます。「難関大学指向派」は教養重視の教育を希望します。子供には幅広く知識と思考力を身につけてもらい、子供の将来は子供が大学入学後、独自の判断で決めるものだと思っています。一方「医学部指向派」は教養よりも安定した職業が目標です。今は医学部が花形なので医学部指向になっています。安定した職業である医者から遡って、医学部を目指し、その医学部に入るための最適化されたカリキュラムを望みます。後者にとって教養とは医学部に入るための手段であって目的ではありません。しかし、進学校のレベルを維持するのは教養教育です。残念ながら、後者が主導権を握った学校は、多くの場合、教養教育が手薄になり、そのうち後者からも見放されてしまいます。