私学躍進史 - 教育大附属駒場 躍進率 8.20倍 (1959年〜1966年)

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※この記事は11月15日に書いています。

  • 該当年度の東大合格者数と開始年度と最高年度との比較(一部一桁目をxでマスク)
1959 1960 1961 1962 1963 1964 1965 1966 躍進率
△教育大附属駒場 10 2x 2x 3x 4x 5x 6x 82 8.20

 戦後、最も急激に躍進したのは、東京教育大学附属駒場高校(現、筑波大学附属駒場高校)です。時期は1959年から1966年で、まだ学区合同選抜制度の時代です。1959年の10名から1966年の82名まで、毎年、順調に増加して、実に8.20倍の躍進率です。

  • 1947年 - 東京農業教育専門学校附属中学校(普通課程2学級(96名))として開校。
  • 1949年 - 東京教育大学東京農業教育専門学校附属中学校となる。
  • 1950年 - 同附属高等学校が開校。(農業科1学級、普通科1学級、定員80名)[2]
  • 1952年 - 東京教育大学附属駒場中学校・高等学校と改称。
  • 1953年 - 高等学校に普通科1学級増設。
  • 1956年 - 同年中学入学者から中高一貫教育となる。
  • 1962年 - 中学校2学級、高等学校普通科4学級体制へ移行。

 躍進時期を見ると普通科を設置した時期と、定員増を行った時期に合致しています。