堀川の奇跡 - 奇跡か否か

 ※この記事は8月23日に書いています。

奇跡と呼ばれた学校―国公立大合格者30倍のひみつ (朝日新書 25)

 残念ながら、堀川高校が躍進したと思われる2001年から2005年までの京大合格者数の詳細データが欠落しているので、データによる分析はできません。ネット上で、「堀川の奇跡」を検索すると多くの記事が出てきます。批評の内容として、大きく次の二つに大別されます。

  • 「人間探究科・自然探究科」の設置により、画一的な横並び教育から、個々人の能力を伸ばす教育に変わったので、奇跡が起きた。
  • 「人間探究科・自然探究科」は全府学区なので、京都府全域から優秀な生徒が集まっただけで、教育内容は関係ない。奇跡でも何でもない。

 前者は、堀川高校の教育内容を肯定的に捉えていますが、ある意味で、表層的な分析で、提灯記事も多く見受けられます。後者は、堀川高校の教育成果はなく、単純に優秀な生徒が努力しただけの結果であると冷笑的な見方をしています。私は第3の立場です。

  • 優秀な生徒を集める進学校を作ることこそ公立校改革の近道であり、それが京都府で実現できたことこそ奇跡である。

 かねがね*1、このブログで繰り返しているように、公立校の改革には、優秀な教師、優れた教育環境なんて必要ありません。だって、本当に優秀な生徒って「優秀な教師や設備」がなくても自分で勝手に勉強してくれますから。本当に必要なのは、公立高校に優秀な生徒を集め、私立トップ校に匹敵する大学合格実績を出す学校を優先的に作ることです。
 しかし、受験生家庭では、学校に対する意識は保守的で、優秀な教師や設備があるだけでは、優秀な生徒は集まってくれません。それを如何に実現するかが最大の難関なのです。もちろん、「優秀な教師や設備」は呼び水として無駄ではないので、最大限用意しておくことは否定しません。
 ただ、そんなものがなくても伝統という魅力があれば、学区を廃止しただけで、躍進した浦和高校や日比谷高校のような例があります。そして、埼玉県や東京都はその公立トップ校の存在により、雁行現象がおきて、都県全体の公立高校が復権してきました。
 では、なぜ、私立トップ校に匹敵する公立高校を作れば、それで公立校の復権が実現するのでしょうか。

  • 優秀な生徒を集めて私立トップ校に匹敵する公立高校を作る
  • 公立中の生徒はその高校に行けば、自分の努力だけで難関大学に行けることを知る
  • 公立トップ校の存在により、公立中に努力という規範が導入される
  • 公立トップ校の定員は限られているので受け皿の二番手校が伸びる
  • 公立校の雁行現象が起き、選択肢が広がり、公立中でさらに努力の規範が浸透する
  • 公立中→公立高→難関大学のルートが一般的になると、中学受験熱が沈静化する
  • 中学受験を商売道具としか考えていない私立中が淘汰される
  • 生き残った私立中高一貫校が大学受験指導から開放されて、独自の一貫教育に集中できる
  • 無駄な教育費や受験競争から解放された公私共存教育環境の実現

 普通に考えれば当たり前のことなんですね。ところが公立高校が強い都道府県ではその有り難みがわかりません。受験地獄は公立トップ校が存在しているから起きるんだと勘違いして、公立トップ校を強制レベルダウンしたところ、優秀層は私立トップ校が全部かっさらってしまいました。更に都合が悪いことに私立トップ校は中学受験で青田買いするもんだから、公立中から優秀な生徒が去り、不良の天下になり、荒廃が始まり、しかも経済的に恵まれない真面目な生徒は私立中に行くこともできず、公立中の環境で忍従することになります。朱に交われば赤くなる。真面目な生徒まで不良予備軍です。それが、ニートや若年生活保護者の増大につながっていきます。
 学校群導入が1966年で、公立高校と公立中学がどうしようもなくなって、2001年に重い腰を上げるまで、実に35年間アホな状態を放置してきたわけで、ものすごい社会的損失です。