都立高校衰亡史 8 - 1995年〜2004年

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 該当期間における各高校の5年通算東大合格者数です。本来なら、学区毎の詳細資料もありますが、表を簡潔にするため代表校だけを紹介します。
 あえて、表現すると、役人と学者が軽い気持ちで始めた教育改革が大延焼を起こし、必死になって消火のために投入したグループ合同選抜制度もまったく無力で、役人や学者が1994年に白旗を揚げて、遁走した姿です。
 しかし、現場は逃げるわけには行きません。大火事の中、横の連携を分断され、孤立無援で各学区で踏ん張っていた名門都立高の最後の状況です。想像力があれば、この数字がどんなに悲惨で、現場が絶望感にとらわれていたかわかります。また、各学区の保護者もまったく公教育に期待できず、教育格差社会で将来の展望が見えない状況です。

Group 校名 1990-1994 1995-1999 2000-2004
#11 日比谷 31 17 22
#21 戸山 123 61 25
#21 青山 40 14 6
#31 西 116 66 77
#41 小石川 49 16 27
#61 両国 38 23 24
#71 八王子東 71 54 56
#81 立川 33 16 5
#91 武蔵 31 19 11
#102 国立 72 33 47

 学校群以前の名門、日比谷、戸山、小石川、両国、立川は鍋の底が抜け、学校群以後に成長した青山、武蔵も虫の息、富士はここに登場しません。西、八王子東、都立国立が何とか踏ん張っている状況です。このままだと都立高校は全て陥落し、教育格差社会の実現です。そして、公立という障害を排除したあとに私学がやることは価格カルテルによる授業料の大幅値上げです。ここは忘れてはならない重要な点です。私学というのは教育機関であると同時に営利企業でもあります。「公立中→公立高→東大」というルートを維持するのは私学を目指す人にとっても大切なことです。「公立しか利用できない貧乏人は、高度な教育機会は必要ない」とネットでは匿名で本音を語る人がいますが、私立独占の価格カルテルが、やがてあなたのお子さんの教育機会も奪っていくのです。
 最後に学校群がなければ都立は安泰だったかと問われれば、そうはならなかったと思います。教育機会の多様化から、私学や中高一貫教育への需要はあり、私学は伸びてきたでしょう。学校群が導入されなかったときに架空の物語を想定するのは難しいものです。しかし、首都圏には、私学の圧力のもと公立王国を守り通している県もあります。それはまた別の特集で考えてみたいと思います。