医学部コースについて 3 - 複雑系の果てに

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 前回、[2]で『医学部コースについて 2 - 東大コース』で、東大コースの単純さを説明しました。これとは対照的に医学部コースは非常に複雑な要素をはらんでおり、一つ対応を間違えると学校側に大きな管理コストが掛かってきます。幸い、調査した範囲内*1では、深刻な問題を起こしている学校はないようですが、潜在的に問題があるのは確かです。

1、受験時期の非同時性

 東大コースでは、受験時期の同時性があるので、生徒のペース配分が同じで管理がしやすいのですが、医学部コースでは、国公立大学を最終目標にしても、その前段階として、医科大学校や私大医学部の受験があります。さらに、国公立大学には推薦選抜枠もあり、ペース配分が個々人で大きく異なります。中には、私大専願の受験生もおり、早々と合格が決まった集団がお祝い気分になり、他の受験生の集中力を阻害するなどの弊害も出てきます。

2、難易度の不平等性

 これが一番の問題です。医学部というのは年50万円程度の授業料で学べる国公立大学から、年1000万円以上も掛かる私立大学まで様々です。他の学部でも私立大学は国立大学より授業料は高額ですが、それでも3倍以上違うことは稀で、サラリーマン家庭でも何とか払える金額です。しかし、医学部だけは別です。サラリーマン家庭が払える金額ではありません。この時点で、サラリーマン家庭と開業医家庭では医学部は難易度が異なります。前者は国公立大限定で偏差値70必要ですが、後者は私大も含めて偏差値50程度でも医者の道が開けます。
 さらに、国公立大間でも難易度が違います。駿台模試では57〜76まで幅があります*2。X大学でA判定を受けてもY大学ではD判定以下ということは普通にありますし、国公立大学の性格上、併願の選択肢は少ないので、どれか一校に絞る必要があります。大学毎に難易度も受験科目も違います。更に面接、小論文、地元枠(首都圏の受験生は不利)など学力試験以外で駆け引きが必要で、地道な努力以外に情報戦も大切になってきます。
 東大であれば理3を除けば各科類は少なくとも300人以上の定員があるので、絶対的な学力に自信があれば合格が得られますが、医学部は大半が100人程度の定員で、それから地元枠で減らされた一般枠に、同一校から複数の生徒が志望してしまい、思わぬ番狂わせを生じてしまいます。センター試験の比重が高い医学部では、センター試験で失敗をした成績上位の生徒が鞍替え志望をして鉢合わせることは良くあります。実質上、国公立大学しか選択肢のないサラリーマン家庭にとって、この不確定要素は相当のストレスです。
 しかも、これに都合の悪い伏線があるのです。受験シーズン前に来る推薦選抜枠の存在です。推薦と言っても100%合格が保証されたわけでなく、各高校から一名ほど生徒を推薦して、その推薦された生徒の中から合格者を選ぶ制度です。まず学校推薦を勝ち取るのが至難の業です。この作業段階で生徒間・保護者間に軋轢を生みます。そして、面接、小論文など大学指定の方法で選抜されるのですが、それが、また不確定要因で、不合格だった場合、本人にもショックですが、その本人を推薦した学校の人選問題、その本人のために推薦をもらえなかった生徒側の反応など、あらゆるものが一体感を阻害し、学校、生徒、保護者間に不信感を増長させていくのです。
 この状況で、医学部コースをまともに最後まで管理するのは相当の力量が必要です。

3、フェール・セーフがない

 そして、これこそが最大の悲劇を生みます。医学部コースにはフェール・セーフがありません。東大コースであれば、東大合格レベルに到達していれば、不幸にして第一志望に失敗して他の大学に進学しても、それまでの努力は必ず報われます。その後の人生が大きく変わることはありません。ところが、医学部コースは国公立前期・後期の試験で合格できなければ終わりです。
 現役浪人の差別をつけない東大と違い、一部の医学部は浪人すると不利になる場合があります。浪人すると学力が向上しますが、門戸は確実に狭まります。あれだけ医者に憧れながら、しかも開業医の師弟よりもはるかに優秀な成績でありながら、多浪の末に医者への道を断念する受験生が出てきます。医者だけは医学部に入らないとなれません。
 これならまだマシなほうです、医学部を目指して努力した成果は、必ず他の分野でも報われます。少なくとも後戻りできないようなリスクはありません。ところが、医者の道をあきらめきれず、私大医学部に進学するサラリーマン家庭があるのです。慶應や慈恵医大のような奨学金が整備された医学部ならまだ選択肢になりますが、そのような大学は難易度が高く、そこに合格できる学力があれば、地方の国公立大医学部なら合格できます。本当の悲劇は、年1000万円を請求する私大医に進学させるサラリーマン家庭が存在することです。卒業までに家、退職金、祖父母の資産すべて失います。すべてを犠牲にして、お子さんは勤務医から始めるのです。お子さんと家族の夢を実現するには高い代償です。
 実際、年1000万円という額は開業医だって楽に払える額ではありません。開業医だって、息子が国公立大医に合格すれば大喜びです。そういうときは、「先生、地方の医学部に息子さんを一人で通わせたら、地方の大病院の娘さんにつかまっちゃいますよ。」と指摘すると本気で青ざめたりするので、お医者さんだって親として苦労しているのは同じです。