記事1000日間継続を越えて

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 ふと管理者メニューをみたら、このブログの投稿が初回以来連続1000日を越えていたようです。私の場合、毎日更新しているわけでなくて、基本的に毎週末に7回以上に記事を分けて、空いた日を埋めていくだけです。二週間以上更新が滞るときもありますが、それでも気にせずに空いた日を順番に埋めていく形で、続けてきました。
 このルールがないと三日坊主で終わりそうなので、最低限守るようにしています。初回から延々とランキング表をこねくり回していますが、とにかく、首都圏や全国にはいろいろなルートから難関大学の門をくぐる若者が多数いるということを伝えたいわけです。そして一番説得力があるのが数値を用いて同じ指標で比較して紹介することなんです。

 私が首都圏の中学受験から感じた素朴な違和感です。

  • 中学受験をしなければ落伍者
  • 御三家かそれに相当する一貫校に入らなければ落伍者
  • 御三家在学中に名門塾に通っていなければ落伍者
  • 御三家から難関大学に合格しなければ落伍者

 これは、私が難関大学のキャンパスで経験したことと全く異なるんです。難関大学のキャンパスで出身校ごとに派閥を作っていがみ合ったり、名門校出身以外の学生を排除したりする事実はないからです。現実は、いろいろなルートから難関大学に合格し、合格後は同じ学友として背景なんか関係なく接しています。
 ところが、中学受験は、日々、保護者と受験者に、上記のルートを生き残れなければ、落伍者になるという虚構を信じ込ませている、そうしたほうが、保護者は不安からオプションコースを購入したり、受験生は落伍者というレッテルを貼られたくないと必死になったりするからでしょう。そして、大学入学後に自分たちが如何に狭い価値観で急き立てられていたか知って愕然となります。
 中学受験に落伍者なんていなんです。時間があるから勉強する、興味があるから勉強する、勉強した事実は必ず残ります。落伍者というレッテルに囚われたものは、そのまま停滞し、今、自分がいる環境が自分に最も適した環境だと気づいたものが伸びていく、このブログで示すデータはそれが事実であることを示しています。